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ペチュニアの咲く駅で

 (総合雑誌 Arc 7号より/2004年10月)

 パリ発グランヴィル行きの列車にゆられている。目的地は、フランス北西部ノルマンディにあるドムフロントという小さな村。担当している番組「世界のリポート」が、アテネオリンピックの放送のため休止となり、3週間という長期の夏休みなのである。滞在する友人宅は、築150年といわれる瀟洒なシャトー。「今年は、日本そばなんかゆでちゃってふるまおうかしらん。」などと、エレガントな邸宅に不つりあいな庶民的な期待で胸がふくらむ。

 ゆるやかな緑の丘を走りぬける列車は、上下の線路が2本むき出しになっただけの無人駅にすべりこんだ。小さな駅舎の外に飾られたペチュニアの花の赤紫きだけが、目に鮮やかに写る殺風景な駅である。車窓の外では、スカーフを頭に巻いた十代後半と思われる小柄な女性がホームに降り立った。そして、同じくスカーフ姿の母親と思しき女性に、ぎゅうっと抱きしめられた。その後はキッスを4回、ふたりとも満面の笑みである。特に若い女性は、アーモンド色のつぶらな瞳が、くしゃっとすっかり細くなって、なんとも愛らしい。彼女の持っていた大きな荷物は、弟と思われる10歳くらいの少年が、一生懸命に運んで・・・いや、ひきずっている。その傍らには、妹らしき5歳くらいの少女。この子は、アフリカのマサイ族のようにぴょんぴょん跳ね回って、うれしさを体いっぱいに表現している。なんて素敵な光景なのだろう。今日の空は、あいにくどんよりと曇っているが、その雲の切れ間から、柔らかい陽の光りが降りてきて、ベールのようにこの人たちを包みこんでいるようだ。この瞬間は、安全であたたかく、幸せに満ちている。「お姉ちゃんは、パリで学校に行っているのかな。社会人なのかも。週末に家族のもとに帰ってきたのねえ。」と、勝手に想いを巡らせた。

スカーフ姿であることから、この女性たちがイスラム教徒であることが分かる。イスラム教徒のしるし、民族の誇りともいえるヘッドスカーフであるが、フランス政府は、この秋から「顕著な宗教的表彰の公教育の場での着用禁止法」を施行する方針を固めている。(その後、9月2日より施行)これには、イスラム教を信仰する女子児童・生徒の公立学校でのスカーフ着用の禁止も含まれている。自らのアイデンティティーの象徴でもあるスカーフを身に着けることが禁じられることに、強い反発を訴えている女性たちが多い。

 世界を震撼させた3年前のアメリカ同時多発テロ以降、私が担当する番組で、中東のイスラム教の国々をとりあげることが多くなった。中東を語るとき、そこにはアメリカの存在がいつもある。地理的には遠く離れた二つの地域だが、政治的には密接に結びついた・・・というより、しっかりと絡み合った「不思議な運命共同体」のように思われる。夏休みに入る直前の「世界のリポート」では、世界一の原油輸出国であるサウジアラビアの近代化について、BBCが制作したドキュメンタリーを放送した。司法・教育・女性の権利などの分野で、変革の試みがなされているという内容だ。この11月には、建国以来初めての選挙も、地方の自治評議会レベルではあるが予定されている(当局は、女性の参政権は、認めない可能性を示唆)。しかし、インタビューに答えた女性活動家は、さらりと言ってのけた。「選挙?どうかしら?西欧が考える民主化が根付いていくかしら。改革は必要だけれど、私たちのペースで変わっていかなければね。」絶対王政の国サウジアラビアの財政は、富裕層の寄進、喜捨で成り立っている。国民の義務としての税金がないのである。それゆえに、一票を投じるという国民の権利も当然なく、投票するという行為そのものが一般的ではない。この秋の選挙も「形ばかりの改革、絵に描いた餅になりかねない。」と彼女は続ける。

 スタジオでお話を伺ったNHK解説委員の柳沢秀夫氏(中東専門)の指摘は、極めて明解だ。「この取材をBBCに許可したサウジアラビア政府は、この番組を使って、国内での改革を実行しているのだというアピールを、海外に向けて、とくにアメリカに向けて発信しているとも読めるのではないか。」同時多発テロの実行犯19人のうち15人もが、サウジアラビア国籍であったことで批判にさらされたサウジアラビア政府、今年4月からは、国内でのテロ事件が頻発していることもあり、アメリカが掲げるテロとの戦いに共同歩調をとる形で過激派対策に本腰を入れている。

 ブッシュ政権の掲げるテロとの戦いは、中東で二つの戦争を引き起こした。次のターゲットは、どの国になるのか。アラブの狂犬といわれたリビアのカダフィ大佐などは、白羽の矢が立ってはたまらないと、早々に方向転換したようだ。力でねじふせるブッシュ政権のやり方が効いたのかもしれない。これまでのアメリカ政府の中東における外交政策は、民主・共和といった政党の違いにかかわらず、まず、パレスチナ問題の解決がプライオリティーであったと思う。しかし、現政権は、パレスチナはさておいて、強大な軍事力をもって、アフガニスタンとイラクをたたき、アメリカンメイドの民主化を進めているのである。「アメリカに攻めてこられたくなかったら、カダフィ大佐のように自らが変わるしかないのか・・・。国連も頼りにならないしなぁ。」アラブの首長や国王たちは、さぞかし頭を悩ませていることだろう。11月の大統領選にむけて遊説中のブッシュ大統領は、「自由」と「民主主義」を連呼し、「世界はより安全な場所になった。」と訴えている。私にはどうも、逆のことが起こっているとしか思えてならないのだが。

 列車に揺られながら、そんなことを考えていたら、何か気持ちがどんよりとしてきた。そこで、目的地に着くまでの間、ちょっとしたゲームをすることにした。心の中での楽しいゲームだ。それは、平和で美しく、幸せに満ちた世界を「想う」こと。人種や階級、宗教の違いから争いが起こらない世界を「想う」こと。故ジョン・レノンが作った名曲「イマジン」の世界である。そんな世界を、強く、積極的に、一生懸命に思ってみるのである。

 ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコ氏は、1990年から、地球緑化運動「Green Of the World」を提唱している。One World, One Peopleを歌にしたジョン・レノンの精神を受け継いでのことである。人間が汚してしまった地球を、その人間の手できれいにする・・・それには、一人一人の心と精神の緑化、意識の改革が第一歩というわけだ。この世の中で起こっていることは、つまるところ、私たち一人一人の心の写し絵なのだ。オノ・ヨーコ氏に関していえば、自身のアーティストとしての表現スタイルが、とても興味深い。例えば、オノ氏が歌う姿。60~70年代を中心に彼女が行ってきたコンサートは、声や楽器の音を超えた、自身の魂が生みだすバイブレーションが発信される場であったという。アーティストの体からでる波動と、観客が受けとめる、あるいは、跳ねかえす波動が重なり大きなバイブレーションとなって、コンサート会場から世界に向け発信されるのである。

 人間が心の中で「想う」ことが、ひとつの波動となる。それが集まったり、旅をしたり、浸透したりして、ひとつのうねりとなるのである。ならば、ひとりひとりが「争いのない美しい世界」を心の底から想って、その想いに基づいて、考え行動し日々を暮らせば、世界は変わってくるのではないだろうか。やわなユートピア構想のように聞こえるかもしれないが、覇権主義やテクノロジーの追求に忙しく、自然との調和や、魂を語り合うことをどこかに忘れてきたような末に辿り着いた21世紀を見るとき、この「想い」の力を信じてみるというのも、まんざら悪い考えではないように思っている。

 列車は目的地の駅へ。「イマジン」の世界を想った私の心のゲームが、ポジテイブな波動となって、この空を晴らしていたりしたら、かっこよかったのだけど。あいかわらずの曇り空…でも、いい気分だ。

 夜、ワインを開けて、ささやかな晩餐である。「あの親子も、今頃、夕食のテーブルについているのかな。」なんて考えながら、杯を揚げた。私も、この瞬間は、安全で暖かく幸せに満ちあふれている。今ある、この平和な瞬間に感謝。




©2005~10 Yoko Kobayashi-Baker